長いです
とてつもなく疲れた・・こんなに大変な日になると思っていなかった。
コンセルバトワールのジョン・ケージ祭、ジョルネ・ケージが終わりました。
どこが出資元なのかもわからないけど、かなり気合入ってて、学校総出の企画で1日3回のコンサートでケージのありとあらゆる作品を演奏しまくりました。学長も来ていた。
で、自分は16時からの部と20時30分からの部に出演させてもらった。
16時からの部は、私の弾く「6つのメロディー」ギターデュオ版を、「リヴィングの音楽」のあいまに散りばめた超フリースタイルで切れ目なく演奏しました。
お客さんの椅子もバラバラで、中心も無い感じで、中心ぽいところにソファーとリヴィングっぽいテーブル、植木とかが配置され、いつも試験で使う教室が一瞬にしてリラックスリヴィングルームのようになりIDC大塚家具みたい。
「リヴィングの音楽」は、4人の奏者がリヴィングの空間を使って、そこらへんにある雑誌とか、テーブルとか、椅子とかをアフリカンリズムのように鮮やかなコンビネーションで奏でるリズム音楽。
まるで日常のシーンから突如見えない音楽が湧き上がってくるみたいで、よかったです。
で、彼らの楽章のあいまに、小品を一つずつ、お客さんの中に立った私たちが演奏しました。
窓も開け放たれてて、夕方に、だれかの練習する音とかも迷い込んできて、たゆたんだような我々の空間と絡み合って、かなりよかったと思う。
中心のない演奏会場の雰囲気ってなかなか良い。
それから18時からあった「サティーへの手紙」と題したピアノ音楽の部を聴きに。
プリペアドピアノのための小品、生で聴いたらものすごい衝撃。あれは生で聴くべき。ちょっとプリペアド具合が足りなかったような気もする。
20時30分からはホールにあるカフェに移動して大トリ。
12台のラジオのための”ランドスケープ”と、ヴァリエーションのⅠ~Ⅳを演奏。
プログラムを貰い忘れたんで曲名がわかんないんだけど、4人の演奏家がトイピアノや石やサイレンやピストルで演奏した曲が、そうとう来た。
ほとんど、「ポーン・・」とか「ガーン・・・」「グシャシャシャ・・・」みたいな単発音だけで出来てるんだけど、ある程度時間がたってふと気がつくと、その沈黙の美しさに唖然・・沈黙の距離感の美しさ・・これはほんとうに、ベタですが龍安寺の石庭を前にしたときのような特別な空間感覚。
あるすごいタイミングでお鈴が、ポーン、と入ったときにはその西洋装飾の天井を眺めながら泣きそうになってしまった。
沈黙に聴こえてくるバイクの音とか、夕方の湿った外の雑音もフと入ってきたりして、なんか小学校のときのけだるい夕方とかを思い出した。
ラジオの曲の演奏はまあまあだったと思います。演奏してたからよくわからないけど。俺のラジオには突如ロシア語放送とか入って嬉しかった。
ヴァリエーションは一番難しかった。
4作品とも完全な偶然性の図形楽譜をつかった作品で、リアライゼーションの誠実さが一番問われる曲だと思う。ほんとに厳しい。
我々がやったのは、そうとうユルイ部類の演奏だったんじゃないでしょうか。単純に即興をするっていう。「適当」の一歩手前、紙一重。
もっと極限まで完璧な作りこみをしたかったなあ。
極限まで作りこんで、そこから一気に解放するっていうコントラストのある演奏がしたかった。
追記:この日の午前中には学校で、ブリュッセルからそのスジのスペシャリストの方が来て、「アフリカンリズム、インドのリズム、どうなってるの?」の特別セミナーがあったのだけど・・・インドのリズムすげーーー・・・・・宇宙・・
